審査員の紹介

アンジェイ・ヤシンスキ

Andrzej Jasinski

チェンストホヴァの第二音楽学校を卒業後、国立カトヴィッツェ高等音楽院でW.マルキェヴィチに師事し、1959年優等賞を得て卒業した。1960-1961年には、パリにてマグダ・タリアフェロについて勉強する。1960年、バルセロナ:マリア・カナルス国際ピアノコンクール第1位受賞。C.ツェッチ指揮のイタリア放送交響楽団との共演によりトリノでデビューをした後に、旧ソ連、ドイツ、フランス、ウルグアイ、および日本で、数多くのコンサートを開催する。ポーランド放送交響楽団とのレコーディングも多数。1961年よりカトヴィッツェ音楽院.1973-1996年、同音楽院主任教授。1973-1981年、シュトゥットガルトにて指導。K.ツィメルマンとK.ヤブウォンスキなどの優秀なピアニストを育てている。モーツァルテウム音楽院夏期講座、イモラ音楽院ほか、講座を務める。ワルシャワ、ブリュッセル、パリ、モスクワ、および東京など多くの国際コンクールの審査員を務める。

ピオトル・パレチニ

Piotr Paleczny

最も卓越したポーランド人ピアニストであり教授の一人である。ワルシャワのショパン音楽院でヤン・エキエールに師事し、これまでに5つの国際ピアノコンクールで入賞。第8回国際ショパンコンクールでの成功によって、5大陸全てにおいてのコンサート活動をこなす。またEMI、BBCクラシック、ナクソス、ポニーキャニオン、サウンドなどを含む多くのレーベルで録音、またワルシャワフィルハーモニー管弦楽団の第100周年を祝うガラ・コンサートに招待される。1993年よりドゥシュニキ・ズドゥルイで開催される、国際ショパンピアノフェスティバル(ポーランド最古の音楽フェスティバル、おそらく世界最古の現存している国際ピアノフェスティバル)の芸術監督に選ばれている。1998年にはポーランドの大統領から教授の称号を与えられた。ワルシャワのショパン音楽院にてピアノ指導としても従事し、前回の第15回国際ショパンピアノコンクール入賞を果たした日本人ピアニストの山本貴志も教え子のひとりである。2005年にはアーティストとして権威あるゴールドメダルを授与した。

ブロニスワヴァ・カヴァラ

Bronislawa Kawalla

1943年ポーランド・クラクフの音楽家の家庭に生まれる。クラクフ国立音楽学校では、マリア・ビリンスカ=リーゲロワ女史に、ワルシャワ音楽院ではヤン・エキエル教授のもとで研鑚を積み、首席で卒業した。卒業後、パリでナディア・ブーランジェ氏に音楽理論を、モニク・ハース氏にピアノを師事した。
またモーリス・ラヴェル国際音楽院では、フィリップ・アントルモン氏について音楽を学び、同時に室内楽も学んだ。1975年にはアメリカ・ワシントンで開かれたバッハ国際コンクールで優勝する。その後、リサイタルやオーケストラのソリストとしても活躍しており、ヨーロッパ、中国、カナダ、アメリカなど世界各地で演奏会を行っている。また世界の音楽祭からも招待され、ショパン音楽祭(ポーランド)、チェルトナム音楽祭(イギリス)、ボルティモア交響楽団・夏の音楽祭(アメリカ)などにも参加している。また、本国ポーランドではラジオ、テレビそしてレコード会社(ボルスキェ・ナグラニア)と録音を行っている。
一方、演奏活動の傍ら、ワルシャワ音楽院の教授を務める。多くの弟子の中からは数々のコンクール入賞者が出ている。海外ではソフィア音楽院(ブルガリア)、ギルドホール音楽学校(イギリス)、ベルン音楽大学(スイス)、カールス・ルーフェマンハイム高等音楽学校(ドイツ)、バルセロナ音楽学校(スペイン)、ワシントン・カトリック大学、パロマール大学、ペッパーディン大学(アメリカ)でも教鞭をとっている。また多くの国内、国際コンクール審査員としても活躍し、その芸術的かつ教育的功績に対し、ポーランド国家賞を与えられた。

クシシュトフ・ヤブウォンスキ

Krzysztof Jablonski

1965年ポーランドのヴロツワフに生まれる。6歳の時ヤニナ・ブトル氏に師事し12歳まで指導を受ける。12歳でオーケストラと共演、その後ポーランドで開催された数々のコンクールで1位に入賞する。1983年から1986年にかけてポーランドのカトヴィッツェ音楽院にてアンジェイ・ヤシンスキ教授に師事し、1987年に同校を優秀な成績で卒業、1996年にはPh.D.を取得。
1985年、第11回ショパン国際ピアノコンクールにて3位に入賞、それと同時に数々の副賞も受賞。第2回国際ピアノコンクール(1988年)では第1位並びに最優秀ショパン賞を、第10回モンツァ国際ピアノコンクール(1988年)でも第1位を獲得、GPA国際ピアノコンクール(1988年)にて第2位、第4回アルトン・ルビンシュタイン国際ピアノ・マスターコンクール(1989年)にて金賞、ニューヨークウォルター・ナウムブルグ財団国際ピアノコンクール(1992年)入賞、第1回イーザー・オーネス国際ピアノコンクール(1992年)で第2位入賞。
テレビ・ラジオ等の録音も国際的に行い、ドイツ・日本・ポーランド等で多くのCDを録音している。エキエル教授のナショナルエディションとして有名な版によるショパンの作品(練習曲・プレリュード・即興曲・管弦楽とピアノのための作品)3枚のCDを録音。
1994年以来ピアノ教育者としても活躍。ポーランドのヴロツワフ音楽院、カトヴィッツェ音楽院にて指導にあたり、現在はワルシャワのショパン音楽院にて教授の職を務めている。その他、各地のマスタークラスの講師や国際ピアノコンクールの審査員としてその教育活動の場を広げている。

イェルジ・スティルチンスキ

Jerzy Sterczynski

フレデリック・ショパン音楽大学(旧ワルシャワ音楽院)教授、ピアノ科学部長

1957年生まれ。6歳よりピアノを始める。ビェルスコ=ビャワ(ポーランド)の音楽高等学校を修了した後、カトヴィツェ音楽院にてアンジェイ・ヤシンスキに師事し1981年に同校を主席で卒業する。その後ロンドンに渡り、ジョン・ビンガムの元で研磨を積む。

1983年、ポーランドピアノ音楽祭(スウプスク)にて第1位を、国際音楽コンクール(サラゴサ)にて第2位を獲得する。その後もコンサート・ピアニストとしてオーストリア、ブルガリア、中国、チェコ、フランス、スペイン、韓国、クウェート、ドイツ、ポルトガル、イタリア等世界中で演奏ツアーを行う。またショパン音楽祭(ドゥシニキ)、ロッケンハウス音楽祭、La ChaiseDieu音楽祭等、多くの音楽祭にも出演する。

CD等の録音も多く行っており、ノクターン・ワルツ・ポロネーズ全集、ソナタ第2番、その他小品のショパン作品に加えてチャイコフスキー、ベートーヴェン、レーガー、シマノフスキ、そしてショパン、ドブリジンスキー等のピアノ協奏曲、近年では2005年のジョセフ・ヴィエニャフスキによるソロ作品及びチェロソナタの収録等、その数は13枚に及ぶ。

1989年以来、フレデリック・ショパン音楽大学(旧ワルシャワ音楽院)の教授を務め、教育者としても活躍している。2005年~2008の間ピアノ、ハープシコード、オルガン科の学部長を務め、2008年~2012年にかけても再度、同学部長に選任される。

イェルジ・ロマニウク

Jerzy Romaniuk

フレデリック・ショパン音楽大学 教授

ウッチ音楽高等学校にてジグムント・イェスマンに師事し、その後、1963年から1968年にかけて、フレデリック・ショパン音楽アカデミー(旧ワルシャワ音楽院)にて、ズビグニェフ・ジェヴィエツキに師事した。大学卒業直後、ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団とブラームスのピアノ協奏曲第1番を共演しデビューを果たす。その後、モスクワ音楽院でヤコフ・ザーク、エリソ・ヴィルサラーゼの下で研鑚を積むと同時に、旧ソビエト連邦を旅し、数多くのコンサートとリサイタルを成功させた。

ポーランドに戻ると、フレデリック・ショパン音楽アカデミーにて教鞭をとり始め、1997年以降は、ピアノマスタークラスの教授として指導にあたっている。1979年文化芸術大臣賞第2位、1986年優秀指導者賞、1988年優秀指導者賞第3位、1989年優秀指導者賞第2位と、名誉ある賞を多く受賞している。

英国、ドイツ、ベルギー、スペイン、デンマーク、イタリア、旧ユーゴスラビア、ハンガリー、チェコ、キューバ、フランス、オーストリア、アラブ首長国連邦、中国等、世界中の国々で積極的に演奏活動を行っている。またレパートリーも幅広く、バッハ、スカルラッティ、ハイドン、モーツァルト、ベートーベン、ブラームス、シューベルト、リスト、ラフマニノフ、ドビュッシー、ラヴェル、シマノフスキ、ガーシュイン等、数多くの作曲家を得意としている。

出版活動にも力を傾注しており、ポーランドのみならず国際的な複数のレコード会社と録音を行っている。特にショパンは数多くレコーディングしており高い評価を得ている。また、英国放送協会(BBC)、オランダのヒルフェルスム、ポーランドのラジオ局やテレビ局にも出演している。

エドヴァルト・ヴォラニン

Edward Wolanin

フレデリック・ショパン音楽大学 教授

ショパン音楽大学にてピアノをヤン・エキエルとブロニスラヴァ・カヴァラ、室内楽をJerzy Marchwińskiに師事、大学院ではヤン・エキエルの指導のもと、修士課程を修了。

1989年ダルムシュタットショパン国際コンクールにて優勝、第3回パルマ・デ・マリョルカ ショパン国際コンクールにて第2位を受賞するなど、国内外の多数のコンクールにて優秀な成績を収める。第11回ショパン国際ピアノコンクールではポーランド代表として健闘した。

ドメニコ・スカルラッティから現代作曲家まで、幅広い時代の作品をレパートリーに持つ。ソリストとしてだけでなく、室内楽奏者としても信頼が厚く、ヨーロッパ、アジア、中東、アフリカなど世界各地の主要都市や音楽祭で演奏活動を行っている。また国立ポーランド放送交響楽団、ワルシャワフィルハーモニー管弦楽団、ポーランド国立放送カトヴィツェ交響楽団等、ポーランドを代表する指揮者・オーケストラを中心に共演を重ねている。

ヴォイチェフ・シュヴィタワ

Wojciech Świtała

カトヴィツェ音楽院(シマノフスキ音楽院) 教授 及び 同校副学長
第66回ロン=ティボー国際コンクール審査員、第16回ショパン国際ピアノコンクール予選審査員

カトヴィツェ音楽院にてヨゼフ・ストンペルに師事。卒業後、カール・ハインツ・ケメリング、アンドレ・デュモルティエ、ジャン=クロード・ヴァンデン・エイデンの元で研磨を積む。

バルドリーノ国際コンクール(1位)、ロン=ティボー国際コンクール(第2位、聴衆賞、ヨーロッパ参加者最高位受賞)、モントリオール国際音楽コンクール、第12回ショパン国際ピアノコンクール(1990年ワルシャワ)ではポロネーズ賞他特別賞受賞。

演奏活動は世界中に渡り、国内外の著名なオーケストラや室内合奏団と共演を重ねる。CD録音も数多く、これまでにフレデリック・ショパン・グランプリ・ディスク大賞受賞やポーランドのグラミー賞といわれるフレデリック賞を授与される。

ヨアンナ・ドマンスカ

Joanna Domanska

クラクフ音楽院にてジャン・ホフマンにピアノを師事する。1982年、カトヴィツェ音楽院にてアンジェイ・ヤシンスキのクラスを主席で卒業。その後、フランス政府の補助金を得て1986年から1987年、フランスのリヴィア・レフの下で研鑚を積む。
1981年ロン・ティボー国際コンクール、1982年カーサグランデ国際ピアノ・コンクール(イタリア、テルニ)、同年ポーランド・ピアノ・フェスティバル(ポーランド、スウプスク)等多数の国際コンクールにて入賞している。また、アッシジ音楽祭、フィレンツェ五月音楽祭、ラジオ・フランス音楽祭(モンペリエ)、ワルシャワの秋、ポーランド・ピアノ・フェスティバル、ドゥシュニキ・ズドルイ国際ショパン音楽祭等、多くの音楽祭に招待されている。
レパートリーは幅広く、カロル・シマノフスキの解釈には定評があり、ブラームスやラヴェル、モーツァルト、ショパンも得意としている。ドマンスカは3枚シマノフスキのCDを録音している。最初の録音は1995年にイギリスのオリンピア社よりリリースされ、高い評価を受ける。
2007年には、ポーランドのDUXより2枚目のアルバム(シマノフスキのバレエ作品<ハルナシェ>のピアノ・ヴァージョンの世界初演)がリリースされ、ポーランドの名ピアニスト、アンジェイ・タタルスキとの共演は話題となった。また、同年シマノフスキのピアノ・ソロ作品集もリリースし、ピチカート社より、世界的に評価の高いスーパーソニック賞を受賞する。この他にも、ポーランド放送、イタリア放送、フランス放送との録音も行っている。
現在はカトヴィツェ音楽院にて教鞭を執る傍ら、ポーランド国内外のコンクール審査やマスター・クラス、講義などで幅広く活躍している。2011年よりシマノフスキ音楽協会の会長を務めている。

ズビグニェフ・ラウボ

Zbigniew Raubo

1969年、ポーランドに生まれる。17歳の時シマノフスキ・ピアノコンクール第4位入賞、ブゾーニ国際ピアノコンクール(1991年ボルツァーノ)入賞、及び第3回リスト国際ピアノコンクール第4位入賞(1992年ユトレヒト)受賞。

カトヴィツェ音楽院でアンジェイ・ヤシンスキに師事、首席で卒業。同校にて准教授を務めた後、現在は教授として教鞭をとる。

ラウボはポーランドの各主要オーケストラとも共演を頻繁に行っており、協奏曲のレパートリーは30曲以上にものぼる。またショパン音楽祭(バンクーバー)、“Poolse Meesters”(ベルギー)等、音楽祭への出演及びカンポス・ド・ジョルダン音楽祭(ブラジル)でのコンサート、マスタークラス出演等、活動は多岐に渡る。録音も国内外のレーベルと多く行っており、ドイツ・グラモフォン(日本)、RCA、DUX、Żuk Records等からCDをリリースしている。

室内楽の演奏でも幅広く活躍しており、今までにシレジア弦楽四重奏団、ヴィラヌフ四重奏団、カメラータ弦楽四重奏団、またバルトウォミェイ・ニジョウ、ウルスラ・クリゲルなど有名なソリストとの共演も多く行っている。ピアノ教育者としても活躍しており、カトヴィツェ音楽院にて教鞭をとる傍ら、各地のマスタークラスの講師やポーランド・フレデリック・ショパン・ピアノコンクール(2010)等ピアノコンクールの審査員としてその活動の場を広げている。

ラウボの教え子はリスト国際ピアノコンクール(ブロツワフ)、リスト・コンクール(パルマ)、ショパン国際ピアノコンクール(ワルシャワ)等各コンクール入賞、ポーランド・ピアノ音楽祭(スウプスク)出演等、国内外で幅広く活躍をしている。

マグダレーナ・リサク

Magdalena Lisak

シレジア音楽協会会長
カトヴィツェ音楽院(シマノフスキ音楽院) 講師

カトヴィツェ(ポーランド)の音楽一家に生まれる。1992年には国際シマノフスキ・コンクールにて優勝すると共にシマノフスキ最優秀演奏家としての賞を授与された。1994年シマノフスキ音楽院(カトヴィツェ音楽院)をヤシンスキ門下生として首席で卒業。その後、バーゼル音楽大学にてクリスティアン・ツィマーマンに師事。

1995年に第13回ショパン国際ピアノ・コンクールにて6位入賞後、ヨーロッパ、日本、北米など世界各国の有名ホールにてコンサートを行う。2000年にはジョルジ・シャンドール・リゲティ本人に演奏を高く評価され、彼の<前奏曲>を作曲家本人に向けて演奏した。2008年にカトヴィツェ音楽院(カロル・シマノフスキ音楽院)にて芸術博士号を取得、現在は同院にて助教授を務める傍ら、国内外のマスタークラスや講義などで幅広く活躍している。シレジア音楽協会の創立者・現会長。第12回・第13回・第14回ショパン国際ピアノコンクールinASIA審査員、第15回ショパン国際ピアノコンクール予備審査審査員(2010年)。

ジョルジュ・ナードル

Gyorgy Nador

1943年ブタペスト生まれ。ピアニスト・リスト音楽院教授であり、バルトークやリスト研究の大家としても知られている。

 10歳よりピアノを始める。バルトーク音楽院卒業後、リスト音楽院にてティボル・ヴェーネル氏に師事。1965年、リスト音楽院学生ピアノ・コンクールで優勝。直後に旧東ドイツ、ワイマールの音楽週間にソリストとして招待される。1966年、リスト・バルトーク・ピアノ・コンクールで優勝。優秀賞を得てリスト音楽院を卒業したのち、奨学生としてモスクワ音楽院に留学。レフ・ブラセンコ氏などに師事する。2年間のモスクワ留学を終え、リスト音楽院に教授として迎えられる。現在では同学院の中心的存在である。彼の生徒はヴァン・クライバーン、マリア・カナルス、マリア・カラス、ブタペスト・リスト、モントリオール等、数々の国際音楽コンクールで優勝している。

 1975年・78年にフランツ・リスト室内管弦楽団のソリストとして全米公演に同行し、大成功を収める。また、ピアノ演奏法についての講座を世界各地で行なっており、日本においても教育者としても名実ともに高い評価を得ている。ヴァン・クライバーン国際ピアノ・コンクール、モントリオール国際音楽コンクール、マリア・カナルス国際コンクール、マリア・カラス国際コンクール、ブタペスト・リスト国際ピアノ・コンクール等、代表的な国際コンクールの審査員を務める。

 ナードルは自国ハンガリーの大作曲家であるリストやバルトークの研究者として世界中に知られている。また、彼の講義はひじょうに情熱的で聴く者すべてを引き込んでしまう魔力を持っている。