審査員の紹介

アンジェイ・ヤシンスキ

Andrzej Jasiński

国立カトヴィツェ高等音楽院でW.マルキェヴィチに師事し、1959年に優等賞を得て卒業。1960年にマリア・カナルスコンクールで優勝、その後パリにてM.タリアフェロに師事。

C.ゼッキ指揮トリノのRAI国立交響楽団との共演でデビュー後、ロシア、チェコ、ドイツ、ウルグアイ、ブラジル、日本などでコンサートに出演。1962年より母校で教えはじめ、それ以降音楽教育に傾注する。1979年から1982年にはシュトゥットガルト音楽演劇大学でも指導。門下生にはK.ツィメルマンなど世界的ピアニストや著名な指導者が数多い。2006年には、カトヴィツェ音楽大学より名誉博士号を授与された。エリザベート、チャイコフスキー、クライバーン、ブゾーニ、ショパンなど数多くの主要国際ピアノコンクールで審査員を務める。

ピオトル・パレチニ

Piotr Paleczny

最も著名なポーランド人ピアニストであり教授の一人。

第8回フレデリック・ショパン国際ピアノコンクールに於いて第3位およびポロネーズ賞とヴィトルト・マウツジンスキ賞受賞。ワルシャワのショパン音大でヤン・エキエルのクラスを卒業。またアルトゥール・ルービンシュタインやヴィトルト・ルトスワフスキの感化を受ける。ソリストとして、シカゴ交響楽団、コンセルトヘボウ管弦楽団、ゲヴァントハウス管弦楽団、ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団を含む一流オーケストラと世界中で共演を重ねている。

ワルシャワのフレデリック・ショパン国際ピアノコンクールをはじめとし、リーズ、クリーブランド、チャイコフスキー、モントリオール、テル・アビブ、浜松、仙台、ジュネーブ、ヒルトンヘッド、高松など主要な国際ピアノコンクールの審査員を務めている。またワルシャワのショパン音大教授で、第15回国際ショパンピアノコンクール入賞を果たしたピアニスト山本貴志も教え子の一人である。

これまでにポーランド国内外で権威のある数々の賞を授与されている。ドュシュニキ・ズドルイで行われている国際ショパン音楽祭の芸術監督も務める。

ブロニスワヴァ・カヴァラ

Bronisława Kawalla

1943年ポーランド・クラクフの音楽家の家庭に生まれる。クラクフ国立音楽学校では、マリア・ビリンスカ=リーゲロワ女史に、ワルシャワ音楽院ではヤン・エキエル教授のもとで研鑚を積み、首席で卒業した。卒業後、パリでナディア・ブーランジェ氏に音楽理論を、モニク・ハース氏にピアノを師事した。

またモーリス・ラヴェル国際音楽院では、フィリップ・アントルモン氏について音楽を学び、同時に室内楽も学んだ。1975年にはアメリカ・ワシントンで開かれたバッハ国際コンクールで優勝する。その後、リサイタルやオーケストラのソリストとしても活躍しており、ヨーロッパ、中国、カナダ、アメリカなど世界各地で演奏会を行っている。また世界の音楽祭からも招待され、ショパン音楽祭(ポーランド)、チェルトナム音楽祭(イギリス)、ボルティモア交響楽団・夏の音楽祭(アメリカ)などにも参加している。また、本国ポーランドではラジオ、テレビそしてレコード会社(ボルスキェ・ナグラニア)と録音を行っている。

一方、演奏活動の傍ら、ワルシャワ音楽院の教授を務める。多くの弟子の中からは数々のコンクール入賞者が出ている。海外ではソフィア音楽院(ブルガリア)、ギルドホール音楽学校(イギリス)、ベルン音楽大学(スイス)、カールス・ルーフェマンハイム高等音楽学校(ドイツ)、バルセロナ音楽学校(スペイン)、ワシントン・カトリック大学、パロマール大学、ペッパーディン大学(アメリカ)でも教鞭をとっている。また多くの国内、国際コンクール審査員としても活躍し、その芸術的かつ教育的功績に対し、ポーランド国家賞を与えられた。

ヴォイチェフ・シュビタワ

Wojciech Świtała

カトヴィツェ音楽院(ポーランド)卒業、在学中はヨゼフ・ストンペルに師事。卒業後1991年~1996年にかけてカール・ハインツ・ケメリング、アンドレ・デュモルティエ、ジャン=クロード・ヴァンデン・エイデンのもとで研磨を積む。バルドリーノ国際コンクール(1位)、ロン=ティボー国際コンクール(第2位、聴衆賞、ヨーロッパ参加者最高位受賞)、モントリオール国際音楽コンクール、第12回ショパン国際ピアノコンクール(1990年ワルシャワ)ではポロネーズ賞他特別賞受賞。

演奏活動はヨーロッパ全土に留まらずアルゼンチン、モロッコ、アラブ首長国連邦、リビア、米国、カナダ等に及ぶ。これまでにアニエスカ・ドゥチマル、ヤン・クレンツ、タデウシュ・ストゥルガーワ、フォルカー・シュミット=ゲルテンバッハ、クシシュトフ・ミソナ、イェジ・カトレヴィチ、ミロスワフ・ブワシュチック、トマス・ブガイ指揮で、ポーランドの著名オーケストラと共演。ソロ活動に加え、シモン・クセソヴィエク(ヴァイオリン)、シレジア弦楽四重奏団、カメラータ弦楽四重奏団、王立弦楽四重奏団、ティヒ市室内管弦楽団などと室内楽を共演している。

リスト、シューマン、ショパン(スケルツォ、ワルツ、ロンドのナショナル版シリーズの録音を含む)などを中心に数多くのCDもリリースしており、2000年、2005年にはフレデリック・ショパン・グランプリ・ディスク大賞受賞、2002年にはポーランドのグラミー賞、フレデリック賞を授与された。

カトヴィツェ音楽院ピアノ科教授および2008年より同音楽院副学長を務める。

これまでに第66回ロン=ティボー国際コンクール(2009)、全ポーランド・ショパンコンクール(2007、2008)、国際パデレフスキピアノコンクールin ビドゴシチ(2010)、シンガポール ショパン国際ピアノコンクール(2010)、第16回ショパン国際ピアノコンクール予選審査員(2010)、第17回ショパン国際ピアノコンクール審査員(2015)などポーランド国内外のコンクールにて審査員を務めている。

アンナ・ヤストシェンプスカ=クイン

Anna Jastrzebska-Quinn

フレデリック・ショパン音楽大学(旧ワルシャワ音楽院)教授、鍵盤学部長。ポーランド出身。ワルシャワ音楽院とジュネーヴ音楽院を優秀な成績で卒業。

ワルシャワではショパン全集のナショナル・エディションを編集したヤン・エキエル教授に、ジュネーヴではニキタ・マガロフ教授およびマルグリット・ロンとエドヴィン・フィッシャーに師事したハリー・ダティナー教授に師事し、カナダではジョルジュ・シェベック教授、アントン・クエルティ教授、メナヘム・プレスラー教授の元で研磨を積んだ。

パルマ・デ・マヨルカ・ショパン国際ピアノコンクールで優勝の他、サンタンデール、バルセロナ等数々の国際コンクールやポーランド国内のコンクールで上位入賞。ショパンの作品は、膨大な数に渡る彼女のレパートリーの中で常に重要な位置を占めている。芸術上での功績が認められ、7年に渡りワルシャワのフレデリック・ショパン協会とポーランド文化省の研究員だった。

まだ学生であった1974年にポーランド国立室内管弦楽団との演奏においてデビューして以来、ほぼ全てのヨーロッパ諸国の他、カナダ、中国、タイ、ウルグアイなどで演奏活動を行っている。また、彼女の演奏するソロ作品、室内楽作品、ピアノ協奏曲などはポーランド、ドイツ、スイス、カナダのラジオやテレビで放送される他、スペインのレーベルよりショパン、ラヴェル、シウラナ(スペインの古典派作曲家)のCDもリリースしている。教育者としても活躍し、留学生を含めた大学院生や卒業生の中からは多くの有名コンクール受賞者や芸術関連の奨学金受給者を輩出している。

また、ポーランド、ロシア、スペイン、オーストリア、イギリス、ハンガリー、アメリカ、中国、タイ、シンガポール、ウルグアイなどで、国際コンクール審査や、音楽機関でのマスタークラスやセミナーの講師として度々招聘されている。また、芸術教育センターでのコンサルタントやポーランド文部省での専門家としての役割も担っている。

エルジュビエタ・タルナフスカ

Elzbieta Tarnawska

1975年第9回ショパン国際ピアノコンクール(ワルシャワ)ファイナリスト、1977年ロン・ティボー国際コンクール受賞。

サンクトペテルブルグ音楽院にてL.Umanskaja教授に師事、ショパン音楽大学にてレギナ・スメンジャンカに師事する。

修了後もヴィクトル・メルジャーノフ(モスクワ音楽院)、モニク・アース(パリにてフランス政府給付金を受けての師事)、ユージン・リスト教授(ニューヨークにて外国人奨学金を受けての指示)の元で研鑚を積む。その後メリーランド大学(米国)にてネリータ・トゥルーに師事、修士課程を修了。

タルナフスカは今までに多くのリサイタル、オーケストラとの共演コンサートを行っており、ポーランドの全てのフィルハーモニック・ホールに出演している。国外でも活躍をしておりベルギー、ドイツ、スイス、ノルウェイ、ポルトガル、スペイン、チェコ共和国、スロバキア、ロシア、ルーマニア、リトアニア、ハンガリー、キューバ、米国で演奏を行っている。

米国ではアメリカ大学(ワシントンDC)、ピーボディ音楽院(バルチモア)、メリーランド大学、アイオワ州立大学、ジョージア州立大学、カトリック大学(ワシントンDC)、ウチカ大学(ニューヨーク州),ウィリアム・パターソン大学(ニュージャージー)、シートン・ホール大学(ニュージャージー)、ハミルトン大学(ニューヨーク州)、ニュージャージー・シティー大学(ニュージャージー)、リセ・アレクサンドリア・リサイタル・シリーズ(ヴァージニア)、ダンバートン・コンサート・シリーズ(ワシントンDC)、ストラスモア・ホール・アート・センター(ワシントンDC)、ポーランド大使館(ワシントンDC)、ポーランド領事館(ニューヨーク州)、コシチューシコ財団(ニューヨーク)、ポーランド科学芸術協会(ニューヨーク)等への出演が挙げられる。

1992年ポーランドへ帰国してからは演奏活動を活発に行う傍ら各音楽院にてレクチャー・コンサートやマスター・クラスを行い、教育活動の場も広げる。

また音楽祭へも多く出演しておりポーランドピアノ音楽祭(スウプスク)、ドゥシニキ国際ショパン音楽祭(ドゥシニキ・ズドゥルイ)、リスト音楽祭(カトリック大学ワシントンDC)、フレデリック・ショパン音楽祭(カルロヴィ・ヴァリ、マリアンスケラズネ)、国際受賞者音楽祭(ワルシャワ、カトヴィツェ)、モーツァルト音楽祭(ショパン音楽大学ワルシャワ)、国際音楽祭『ショパン/カラー・オブ・オータム』(アントニン)等が挙げられる。

著名な指揮者とも多く共演しておりイェジ・カトレヴィチ、イェジー・マクシミウク、アントニ・ヴィット、ボグスワフ・マデイ、タデウシュ・ストルガワ、アンジェイ・マルコフスキー、トマシュ・ブガイ、マレク・ピヤロフスキ、ヨゼフ・ヴィウコミルスキ、タデウシュ・ヴォイチェホフスキ、ジグムント・リヒェルト、イエルジ・サルヴォロフスキ、イエルジ・スワボダ、ステファン・マーゼック、ヴィトルト・クルジミンスキ、ズジスワフ・ショスタク、アダム・ナタネク、シモン・カヴァラ、リシャルト・ドゥデク、ステファン・シュトラール、カロル・アンドビルド、ズビグニエフ・ゴンセルゼヴィチ等である。

それ以外にもCD・ラジオやTV向けの録音、1976年~1977年にかけてのポーランドのテレビ放送向けに音楽番組の執筆等も行う。

ポーランド・スペイン・ウクライナ・ニューヨーク等でピアノコンクールの審査員も多く務める。

1993年よりショパン音楽大学(ワルシャワ)ピアノ・ハープシコード・オルガン科教授、ヴァツェヴィチ音楽大学(ウッジ)教授。文部科学省芸術教育委員会副会長。

イェルジ・ロマニウク

Jerzy Romaniuk

ウッチ音楽高等学校にてジグムント・イェスマンのもとで学んだ後、1963年から1968年にかけて、フレデリック・ショパン音楽アカデミー(旧ワルシャワ音楽院)にて、ズビグニェフ・ジェヴィエツキに師事。大学卒業直後、ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団とブラームスのピアノ協奏曲第1番を共演しデビューを果たす。その後、モスクワ音楽院でヤコフ・ザーク、エリソ・ヴィルサラーゼのもとで研鑚を積むと同時に、旧ソビエト連邦を旅し、数多くのコンサートとリサイタルを成功させた。

その後フレデリック・ショパン音楽大学の教授を経て、1997年以降は、ピアノマスタークラスの教授として後進の指導にあたっている。1979年文化芸術大臣賞第2位、1986年優秀指導者賞、1988年優秀指導者賞第3位、1989年優秀指導者賞第2位と、名誉ある賞を多く受賞している。

英国、ドイツ、ベルギー、スペイン、デンマーク、イタリア、旧ユーゴスラビア、ハンガリー、チェコ、キューバ、フランス、オーストリア、アラブ首長国連邦、中国など世界各国で積極的に演奏活動を行っており、バッハ、スカルラッティ、ハイドン、モーツァルト、ベートーベン、ブラームス、シューベルト、リスト、ラフマニノフ、ドビュッシー、ラヴェル、シマノフスキ、ガーシュインなどレパートリーは多岐にわたる。

ポーランドのみならず国際的な複数のレコード会社よりCDをリリースしており、特にショパンの録音は高い評価を得ている。また、英国放送協会(BBC)、オランダのヒルフェルスム、ポーランドのラジオ局やテレビ局にも出演している。

ヨアンナ・ドマンスカ

Joanna Domańska

クラクフ音楽院にてジャン・ホフマンにピアノを師事する。1982 年、カトヴィツェ音楽院にてアンジェイ・ヤシンスキのクラスを首席で卒業。その後、フランス政府の補助金を得て1986 年から1987 年、フランスのリヴィア・レフの下で研鑚を積む。

1981 年ロン・ティボー国際コンクール、1982 年カーサグランデ国際ピアノ・コンクール(イタリア、テルニ)、同年ポーランド・ピアノ・フェスティバル(ポーランド、スウプスク)等多数の国際コンクールにて入賞している。

また、アッシジ音楽祭、フィレンツェ五月音楽祭、ラジオ・フランス音楽祭(モンペリエ)、ワルシャワの秋、ポーランド・ピアノ・フェスティバル、ドゥシュニキ・ズドルイ国際ショパン音楽祭等、多くの音楽祭に招待されている。レパートリーは幅広く、カロル・シマノフスキの解釈には定評があり、ブラームスやラヴェル、モーツァルト、ショパンも得意としている。ドマンスカは3 枚シマノフスキのCD を録音している。最初の録音は1995 年にイギリスのオリンピア社よりリリースされ、高い評価を受ける。

2007 年には、ポーランドのDUX より2 枚目のアルバム(シマノフスキのバレエ作品<ハルナシェ>のピアノ・ヴァージョンの世界初演)がリリースされ、ポーランドの名ピアニスト、アンジェイ・タタルスキとの共演は話題となった。また、同年シマノフスキのピアノ・ソロ作品集もリリースし、ピチカート社より、世界的に評価の高いスーパーソニック賞を受賞する。この他にも、ポーランド放送、イタリア放送、フランス放送との録音も行っている。

現在はカトヴィツェ音楽院にて教鞭を執る傍ら、ポーランド国内外のコンクール審査やマスター・クラス、講義などで幅広く活躍している。

2011 年から2017 年まではシマノフスキ音楽協会の会長を務め、定期的な音楽祭の開催やカロル・シマノフスキ音楽コンクールの立ち上げなどシマノフスキ音楽の振興に大きく寄与した。

ピオトル・バナシク

Piotr Banasik

ピオトル・バナシクは、アンジェイ・ヤシンスキ教授クラスの門下生として2006年にカトヴィツェ カロル・シマノフスキ音楽院を優秀な成績で卒業。2015年にはPhDを取得し、母校にて准教授のポストを得る。これまでにマスタークラスにおいてヴェラ・ゴルノスタエヴァ、アレクセイ・オルロヴェツキ、ダン・タイ・ソン、アレクシス・ワイセンベルク、アリエ・ヴァルディ、クリスチャン・ツィメルマンなどのアーティストの指導を受ける。

ポーランド国内外のコンクールや音楽祭で数々の賞を受賞しており、第48回マリア・カナルスコンクール(バルセロナ)メダル受賞、2002年若い音楽家のための音楽祭(グダンスク)一位、パルナッソス国際ピアノコンクール(モンテレイ、メキシコ)グランプリ、2003年ショパンピアノアーティスティックスカラシップコンクール(ワルシャワ)一位のほか、第36回ポーランドピアノ音楽祭(スウプスク)で表彰、2005年10月には第15回ショパンコンクール(ワルシャワ)ではthe best participant who did not qualify to the final roundを含む特別賞を受賞した。2009年リスト国際ピアノコンクール(ヴロツワフ)、2012年ナショナルショパンピアノコンクール(ワルシャワ)でも受賞している。またポーランド文化庁から奨学金も得た。

1998年から、ヨーロッパ各地、メキシコ、アラブ首長国連邦、カナダ、米国、エチオピア、ブラジルで数多くのリサイタルを開き、また協奏曲のソリストとして活躍する。これまでにアグニェシュカ・ドゥチマル、ミロスワフ・ヤツェク・ブラシュチック、トマシュ・ブガイ、ウカシュ・ボロヴィチ、シモン・ビヴァレツ、マッシミリアーノ・カルディ、スラヴォミール・シュルザノスキー、オズバルド・フェレイラ、ピオトル・ガイェヴスキ、トマシュ・ゴルカ、ミェチスワフ・グラボフスキ、ズビグニェフ・グラツァ、イェジ・コセック、アレクサンダー・リープライヒ、イェジ・マクシミウク、イェジ・スヴォボダ、マルチン・ナウェンチ=ニエショウォフスキ、ジョン・ネシュリング、ジグムント・リヒェルト、イェジ・サルヴォロフスキ、タデウシュ・ストゥルガワ、ジャン=ピエール・ヴァレーズ、タデウシュ・ヴォイチェホフスキなどの著名な指揮者の指揮の下、ポーランド国立放送交響楽団、ポーランド放送アマデウス室内管弦楽団、シンフォニエッタ・クラコヴィア、フォークハイマー・カンマーオーケストラ(ドイツ), グアナファト交響楽団(メキシコ), フランス国立ロワール管弦楽団(フランス)、パラナ交響楽団(ブラジル), パデレフスキ交響楽団 (米国)、 そのほかポーランド国内多数の交響楽団と共演。

ポーランドラジオ放送でポーランド国立放送交響楽団、ポーランド放送アマデウス室内管弦楽団との共演を、メキシコラジオ放送でグアナファト交響楽団とのショパン協奏曲第1番を録音している。2001年にはカロル・シマノフスキユースシンフォニーオーケストラとベートーヴェン協奏曲第3番で共演。弾き振りし、録音した。その2年後には同曲をポーランド国立放送交響楽団と録音した。2014年には同オーケストラとアレクサンデル・クリコフスキのピアノコンチェルト第2番を録音した。2019年にはミェチスワフ・カルウォーヴィチのピアノ全曲集を録音したデビューソロアルバムがDUX レコーディングよりリリースされた。

これまでに、the 22nd Septembre Musical de l’Orne (フランス、2004), ドゥシニキ・ズドゥルイ国際ショパンフェスティバル(2005, 2012), スウプスクのポーランドピアノ音楽祭、 Oficina de Music de Curitiba Festival (ブラジル、2011, 2012)、 アレクシス・ワイセンベルクピアノ音楽祭(スイス、2007) 、アラブ首長国連邦のthe 8th Music Festivalなどの名高い国際音楽祭で演奏している。

演奏活動の傍ら、後進の指導も熱心に行っており、カロル・シマノフスキ音楽院で准教授を務めるほか、カトヴィツェのMieczysław Karłowicz Primary and Secondary State Music Schoolでは鍵盤楽器学科長を務める。

2018年からポーランドカトヴィツェカロル・シマノフスキ音楽院で毎年行われている国際ピアノマスタークラスの芸術監督を務める。

シュチェパン・コンチャル

Szczepan Kończal

1985年ポーランドのカトヴィツェに生まれる。カトヴィツェ音楽院(シマノフスキ音楽院)にてヴォイチェフ・シュヴィタワ教授と同じくヨゼフ・ストンペルに師事。卒業後現在までヴォイチェフ・シュヴィタワ教授のアシスタントを務めている。

第15回ショパン国際ピアノコンクール(2005年)のセミファイナリスト。その他国際コンクールの受賞歴は、トビリシ(2009年)3位、プレトリア(2008年)6位、リスボンのヴィアナ・ダ・モッタ(2007年)5位、ミラノ(2010年)1位、ラウリニャノ(2011年)1位、ティミショアラ(2011年)1位、フラスカーティ(2012年)1位、リッソーネ(2013年)1位、カラーリオ(2014年)1位、シビウ(2016年)2位、ヴェローナ(2012年)2位、ケリケリ(2012年)2位、カンピージョス(2009年)3位、オスロのグリーグ(2008年)2位、高崎(2001年)2位。タリン国際ピアノコンクール(2006年)ファイナリスト。ポーランド国内ショパンコンクールでは3度受賞している。

ノアン、ドゥシュニキ、ナショナルフィルハーモニックホールでのショパンフェスティバルを始め、ワルシャワ、スウプスク、ウッチなど他のポーランド国内のフェスティバルや、クレサーレ、オエイラス、ロカルノ、ミラノ、イスタンブール、トビリシなど海外でも演奏活動を行っている。また、シンフォニア・ヴァルソヴィア、ポーランド国立放送交響楽団、エストニア国立交響楽団、トルコのプレシデンシャルシンフォニーオーケストラ、グルベンキアン管弦楽団などのオーケストラや、アントニ・ヴィト、タデウシュ・ストゥルガラ、マレク・ピヤロフスキ、イェジ・スヴォボダ、ミハウ・クラウザ、ミハウ・ドヴォジンスキ、アンドレス・ムストネン、アルヤン・ティエン、ペーター・チャバといった指揮者とも演奏している。

マスタークラスをダン・タイ・ソン、ピーター・ドノホー、ヴィクトル・メルジャーノフ、ベルナール・リンガイセン、リー・クム・シング、ジョン・ペリー、アンジェイ・ヤシンスキ、クシシュトフ・ヤブウォンスキ、クリスチャン・ツィメルマンと一緒に行った。ポーランド文化庁からは6度に渡り奨学金を受け、他にもポーランド首相、ポーランド子供基金、“Młoda Polska (ヤング・ポーランド)”賞から奨学金を受けた。

17のヨーロッパ諸国をはじめ、サウスアフリカ、エジプト、オーストラリア、ニュージーランド、ジョージア、キルギス、モンゴル、中国、日本、カナダなど様々な場所で活動している。

ディーナ・ヨッフェ

DINA YOFFE

ラトヴィアのリガ出身。モスクワのチャイコフスキ音楽院でゲンリフ・ネイガウスの流派ヴェラ・ゴルノスタエヴァに師事。シューマンコンクール及びショパンコンクールにて最高位を受賞後、ソロやオーケストラとの共演で活躍。ズビン・メーター指揮イスラエル管弦楽団、ネヴィル・マリナー指揮NHK交響楽団、ヴァレリー・ゲルギエフ、ドミトリー・キタエンコ指揮モスクワフィルハーモニー管弦楽団、ジェームズ・デプリースト指揮東京都交響楽団、ギドン・クレーメル指揮クレメラータバルティカ、ユーリ・バシュメット指揮モスクワソロイスツ、ヤチェク・カスプシク指揮シンフォニアヴァルソヴィアなどと共演している。

これまでにロンドンのバービカンセンター、東京のサントリーホール、ミラノのヴェルディホール、ウィーン学友協会、ウィーンコンツェルトハウス、モスクワ音楽院大ホール、パリのサル・プレイエルなどのホールで演奏しているほか、ハーグの王宮ではベアトリクス女王の前で演奏した。

音楽祭でもクレーメル、バシュメット、トレチャコフ、レーピン、ワイマン、ブルネロなど世界的に有名な音楽家と共演し活躍している。

クリーブランド(米国)、ショパン(ワルシャワ)、ルービンシュタイン(テルアビブ)、リスト(ワイマール)、マリア・カナルス(バルセロナ)、浜松国際(日本)などの国際ピアノコンクール審査員。また欧州、日本、米国のマスタークラスで教える。

これまで20年以上にわたり各国の一流音楽院や音楽大学において後進を指導している。テルアビブ大学ルービン音楽アカデミー教授(イスラエル1989~1996)、愛知県立芸術大学教授(日本1995~2000)、ハンブルグ音楽演劇大学客員教授(2012~2014)、クラコフ音楽院客員教授(ポーランド2014~2015)。2015年からは、バルセロナのリセウ高等音楽院名誉教授、中央音楽学院客員教授(北京、中国)、“Talent Music Masters” 教授(ブレシア、イタリア)を務める。

門下生には、国内外のピアノコンクール優勝者が多数いる。また彼らの多くは、米国、欧州、日本の音楽院や音楽大学で教鞭を執る。

スペイン、マラガの音楽祭/マスタークラス芸術監督。

これまでにショパン、シューベルト、シューマン、スクリャービン、ラフマニノフ、プロコフィエフなどのCDをリリース。また著名なヴァイオリンニストM.ワイマンとシューベルト、シマノフスキ、ヴァインベルグ、リスト、ブラームス、シューマンなどの室内楽作品も録音している。

但 昭義

Dan Zhaoyi

但昭義は、中央音楽学院・上海音楽学院・中華人民共和国音楽学院の客員教授、四川音楽学院特別教授、深圳芸術学校の終身名誉教授として、中華人民共和国を代表するピアノ教育者として広く知られる。また中華人民共和国音楽家連盟のメンバーであり、現在では当連盟ピアニスト協会のコンサルタント、さらに深圳ピアニスト連盟の名誉総裁の役職を兼任している。

1964年に四川音楽学院ピアノ科卒業。ピアノをHe HuixianとLin Ruizhiに師事し、1961年、同音楽学院で北京へ留学しそこで中国の名ピアニストであり高名な教育者、周広仁に師事したことで生涯の事業の堅固な基礎を築いた。

但氏は50年以上ピアノ教育に携わり、偉大なる功績を収めてきた。但氏の最も有名な門下生ら、ユンディ・リ(李雲迪)、サー・チェン(陳薩)、ハオチェン・チャン(張昊辰)、彼らはショパン国際ピアノコンクール、リーズ国際ピアノコンクール、ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクール他で優勝。これは中華人民共和国のピアノ教育において歴史に残る功績であり、彼らの後にもZuo Zhang, He Qizhen, Xue Xiaoqiu, Pan Linzi, Gu Jingdan and Xu Qiといった門下生が数々の国際ピアノコンクールで賞を獲得している。これまでに21人の生徒が国際コンクールにて63の賞を受賞しており、そのうち23回の最高位を獲得している。

但氏は基礎的なピアノ理論における深い考察を持ち、これまでの指導経験と融合させた実りある理論を構築した。さらに加えて、氏の著書『Basic Piano Course in A New Way』の中で体系立てられた研究から得た知識を具体化している。氏が編集し、the People’s Music Publishing Houseから出版されたこの本書は、理論的なサポート、国民的な特徴、科学的システム、そして革新的な特性を顕した中華人民共和国で最初の理論書である。但氏には並外れた業績で、国内外の名誉称号を数多く贈られている。その数は20以上に達し、文化省より「Advanced National Cultural Worker」、「Ou Yongxi Excellent Music Education Award」を、四川省、広東省、深圳行政特区より「Excellent Teacher」を、広東省より「メーデー労働者メダル」を、深圳行政特区より「教養のある市民(Civilized Citizen)」の称号を贈呈される。また深圳行政特区から設立30年間で最も活躍した人物30人に選出された。

張 惠園

Chang Hae-Won


梨花女子大学校ピアノ科において学士号と修士号を与えられた後、フランクフルト音楽芸術大学で学び、韓国人として初めてドイツ国家演奏家資格を与えられる。1957年以降、後進の指導をする傍ら、世界中で演奏活動を行い、その内容は主要オーケストラとの共演、リサイタル、音楽祭への出演や録音活動と多岐に渡る。また、世界中の著名な国際コンクールの審査員を務めている。

ナクソスとマルコポーロよりリリースされた11枚のCDは、世界各国においてその高い技術と音楽性を称賛される。また、ピアノ教育者としても高い評価を得ており、Ewon Cultural Center and Institute をソウル及びチョナン市に設立する。

韓国文化芸術賞、韓国音楽賞、国家功労十字勲章(ドイツ連邦共和国)を授与される。現在、梨花女子大学名誉教授、Ewon Cultural Center and Institute会長、大韓民国芸術院会員、韓国ピアノ学会理事長。

ガブリエル・クワォク

Gabriel Kwok

香港生まれ。ロンドンの王立音楽大学でガイ・ジョンソン、ルイス・ケントナーに師事。1989年より香港演芸学院で鍵盤楽器科の主任を務める。また中国の深圳芸術学校、西安音楽院、上海音楽学院、武漢音楽院で客員教授を務める。

これまでに、ローマ、ジーナ・バッカウアー、香港、中国、南ミズーリ、ヒルトン・ヘッド、ダルムシュタット・ショパン、PTNAなど数々のコンクールで審査員を務める。

世界中で後進の指導、マスタークラスの講師を務める傍ら、演奏活動も精力的に行い、多くの著名な音楽家と共演している。

ジュゼッペ・マリオッティ

Giuseppe Mariotti

イタリアのピアチェンツァ音楽院にてピアノ、オルガン、作曲を学び、1982年よりウィーン国立音楽大学に在籍しピアノをハンス・グラーフ教授に師事。ピアノ科と室内楽科の学位を取得し卒業。現在はソリスト、室内楽奏者として、ヨーロッパ、アメリカ、ロシア連邦、イスラエル、日本、韓国、シンガポール等で演奏活動を精力的に行うと同時に、ラジオ・テレビにも数多く出演。レパートリーはバッハの作品から現代作曲家の作品までと幅広く、ウィーンの古典音楽に特別な愛着を持ち、自身が所有する古楽器の演奏も行う。

1995年から2003年までオーストリアの最も歴史ある名高い教会の一つ、ウィーンのミノリッテン教会の音楽監督を務め、名声を博した才能ある作曲家、アントニオ・サリエーリの名前から、「アンサンブル・サリエーリ・ウィーン」と名付けた室内楽オーケストラを立ち上げる。2003年よりウィーン国立音楽大学と学術交流協定を結んでいる徳島文理大学音楽学部へ客員教授として来日、2007年4月以降現在に至るまで、同校にて常任教授・音楽学部長として学生の指導にあたっている。2008年4月より2年間、神戸女学院大学客員教授。2009年以降毎年夏にウィーン国立音楽大学で行われる夏期講習会に招かれマスタークラスを担当。現在は東京、大阪、ソウルにて定期的にマスタークラスを開催し、徳島音楽コンクールの実行委員長をはじめ、あらゆる国際コンクールの審査員を務めている。

ラフィ・ベサリアン

Raffi Besalyan

「ホロヴィッツらのロシアンピアニズムの正統を受け継ぐ存在」(ショパン誌)、「鍵盤の奇才」(ファンファーレ誌)、「威厳ある存在と解釈の天分に恵まれた驚異のピアニスト」(アメリカ レコードガイド)

「力強く切れのよいタッチ、たっぷりと情緒のこもる表現を聴かせるなど高い水準を行く 充実したリサイタルはこのピアニストへの注目をうながすに十分だ」(レコード芸術)と称賛されたラフィ・ベサリアンは、人を引きつける魅力と情熱によりその国際的な名声を確立した。

ジョージア州立大学アトランタ校の教授を務めるラフィ・ベサリアンは、北米南米、ヨーロッパ、ロシアそしてアジアで演奏活動を繰り広げ、彼の演奏はカーネギーホール、マーキンホール(ニューヨーク)ケネディ―センター(ワシントンDC)オーケストラホール(シカゴ)アトランタシンフォニーホール、マックス・フィッシャーミュージックホール(デトロイト)モスクワ音楽院ラフマニノフホール、マリーザル(ロシア)いずみホール、フェニックスホール(日本)など名声ある会場において喝采を受けてきた。

また、彼はソリストとしてアトランタシンフォニー、 ニュージャージーフェスティバル管弦楽団(アメリカ) 大阪シンフォニーオーケストラ(日本)、ヴェニス•キオッジア•フェスティバル管弦楽団(イタリア)、 エレバン管弦交響楽団(アルメニア)、ベルゴロド交響楽団(ロシア)、ハルコフ交響楽団(ウクライナ)、モスクワ室内楽団(ロシア)などと共演し聴衆を圧倒してきた。ベサリアンのソロリサイタルは幾度となく国営ラジオ局で放送され、太平洋両岸でその迫力と詩情豊かな音楽性そして並外れたテクニックは常に高い評価を受けている。

ベサリアンは毎年日本を訪れコンサート、マスタークラスそしてPTNAコンクール、大阪国際コンクール、ショパン国際コンクール・イン・アジアなどの審査も行なっている。

レコーディングに於いては、ソロアルバム「ダンス・ドラマ・デカデンス」( IMC音楽出版)が2012年レコード芸術”準特選”、毎日新聞”今月の3枚”、東京FM「ミュージックバード」で”今月のベストリリース”に選ばれ全曲が放送された。コーチ・インターナショナル(ニューヨーク)からのCDリリースの他 ベサリアンは、グラミー賞を受賞したレコード会社ソノ・ルミナスとの契約を結び第一弾として2015年3月にラフマニノフ、ババジャニアンのソロ作品のレコーディング “ザ・リターン”がリリースされナクソスより配信、すでにボストン、バーモント、ワシントンDC、ウィスコンシン、シカゴの公営ラジオ局からも放送されている。

アルメニアのエレバン生まれのベサリアンは、特別英才児のためのチャイコフスキー音楽学校で学んだ後、エレバンのコミタス音楽大学で博士号取得。更にローワン大学およびニューヨークのマンハッタン音楽大学で学位を取得。セルゲイ•ベルセギアン、著名なアメリカのピアニストであるバイロン・ジャニスに師事。更に彼はモスクワ国立音楽院においてアレクセイ•ナセドキン、ヴィクター•メルジァノフ、ナウム•シュタルクマンに師事し研鑽を積む。

ベサリアンはジョセフ•ホフマン国際コンクール、ニューヨーク フリンナ•アーバーバック国際コンクール、アーティスト国際コンクール、MTNAナショナルコンクール などで優勝。

ニュージャージー州のローワン大学音楽学部教授、ウイスコンシン州立大学音楽学部教授を歴任し、現在ジョージア州立大学アトランタ校音楽学部教授を務める。

ミハウ・ソブコヴィアク

Michal Sobkowiak

ポーランドの音楽家の家庭に生まれる。10歳でテレビ番組「Akademia muzyczna (アカデミア・ムジチナ)」に出演しピアニストとしてデビュー。その後、ポーランド国立フィルハーモニー・ホール等多くのコンサート・ホールで演奏し、海外の国際音楽祭にも多数参加する。

作曲家、ジャズ・ピアニストとしても活躍。ワルシャワ・ショパン音楽院 (現・ ショパン音楽大学)ピアノ科卒業後、チューリッヒ音楽院研究科留学。アンジェイ・ヤシンスキ、テレサ・マナステルスカ、ガブリエラ・ワイスの各氏に師事。

1995年、フランツ・リスト国際ピアノコン クール(ポーランド)入賞。1996年、フレデリック・ショパン協会(ワルシャワ)より奨学金を得る。1997年、ヨーロッパ・ピアノフォーラム(ベルリン)に出演。2002年、第36回モントルー・ジャズ・フェスティバル(スイス)に参加。2017年にリリースしたCD「Jazz Loves Chopin」は e-onkyo music の Top 100 Album ランキングで1位を獲得。2018年公開の映画「羊と鋼の森」にピアニスト役として出演。

現在、福島学院大学教授、昭和音楽大学講師。ヨーロッパ国際ピアノコンクールin Japan、ピティナ、ショパン国際ピアノコンクール in ASIAの各審査員。

ミハイル・カンディンスキー

Mikhail Kandinsky

1973年モスクワ生まれ、大画家W.カンディンスキーを輩出したロシア家直系に当たる。1996年モスクワ音楽院首席卒業、全額給付特待生として英国王立音楽院大学院修了。ウィンゲート賞受賞。さらにグネーシン記念ロシア音楽院大学院にて研鑽を積む。E.ヴィルサラーゼ、H.ミルン、W.トロップ他各氏に師事。1991年プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第1番でのデビュー以降、ロシア・ヨーロッパ各地にてリサイタル。1998~2001年モスクワ・フィルハーモニック・ソサイエティ登録アーティスト。

2001年の来日以降、サントリーホール、紀尾井ホール等にてリサイタル、ウィーン・フィルやN響メンバーとの共演、福島市音楽堂にて震災チャリティコンサート等行い、近年はワルシャワでのショパンコンサート、モスクワでのタニエフ音楽祭に招聘され好評を博す。現在、CDは7枚リリースし、朝日新聞、レコード芸術、音楽現代等の各誌にて高評を得、YouTubeには100曲以上の録音をアップしている。

洗足学園音楽大学・同大学院非常勤講師、上野学園大学音楽学部客員教授、東京ピアノコンクール、ショパン国際コンクールin Asia他各審査員。PTNA正会員。趣味は自然散策、チェス、薪能鑑賞。

ニール・アンドリュー・シャープ

Neil Andrew Sharpe

1962年、英国ノッティンガム生まれ。7歳でピアノを始め、10歳から地元の初見コンクールに8 年連続で優勝し、その才能を発揮する。

ロイヤル・スコティッシュ・アカデミーに奨学金を得て入学、ピアノをグスタフ・フェンニョ、室内楽をヘスタ・マーティヌー、オペラの指揮法をレナード・ハンコックに師事。大学在学中にイアンワット(器楽)・リーダー(歌曲)で伴奏賞を受賞。卒業後は、コレペティートルとして故レナード・バーンスタインとともにミュージカル「キャンディード」のスコティッシュ・オペラ版上演に参画し、また、スコティッシュ・オペラ歌劇場内の教育部門で音楽監督を務めた。

1989 年の来日を機に、毎年精力的に室内楽等の演奏活動を開始。1997 年、英国に戻りミルトン・キーンズ・ミュージック・サービスの公式伴奏者を務め、ロンドンやベルファスト交響楽団等の首席フルート奏者など、多くの主要な演奏家たちと音楽祭やマスタークラス、室内楽演奏会に出演。2004年に再び日本へ戻り演奏活動を開始し、NHK-FMラジオに出演をする。

2005年から昭和音楽大学の大学院課程への室内楽科試験の審査員を務め、2007年に同大学のピアノ科・室内楽科の教授に就任。2011年11月に開催された地元ノッティンガムでの新しい初見コンクールの立ち上げに助力。2012年には彼の門下生が首席で卒業をする。同年北海道に移住し、夫人の家族とともに暮らしながら、後進の指導と定期的な演奏活動を続けている。札幌二期会オペラでのマスタークラスに参加し、また旭川でのオラトリオコーラスの伴奏者兼音楽監督に就任。このコーラス団体は2014年以来ヘンデルの「メサイア」や他の合唱作品をオーケストラとともに旭川のクリスタルホールで演奏しており、彼自身も指揮台に立っている。

現在も昭和音楽大学で定期的に演奏、教鞭を執っている。

ヤーノシュ・ツェグレディ

Janos Cegledy

ハンガリー出身。ニュージーランド ヴィクトリア大学卒業。

ドイツ学術交流会(DAAD)奨学金を得て、ザールラント州立音楽大学院修了(故アンドール・フォルデシュ氏に師事)。

ロンドン王立音楽アカデミー、ギルドホール音楽演劇学校にてディプロマ取得。

国内外での演奏活動ほか 作曲、編曲も手がけ、全音楽譜出版社より自作曲、ピアノソロ曲、連弾曲などが出版されている。母校ヴィクトリア大学、米エール大学、ワシントン大学、デンバー大学、豪クイーンズランド大学にて講演を行う。レシェティツキ国際ピアノコンクール、大阪国際音楽コンクール、全日本合唱コンクール等の審査員を務める。

東邦音楽大学教授を経て、現在 武蔵野音楽大学講師。日本レシェティツキソサエティ会長。